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2023/09/25教養・リベラルアーツイベント

落語「出来心」の花色木綿ってどんな色?【謎解きサイエンス】

 

「謎解きサイエンス」は、ワオ高校のオリジナル科目「科学探究」の学び体験イベントになりますが、なぜ、科学なのに落語?と思いの方も多いと思います。

しかし、「科学の目」で世の中を眺めれば、たとえ落語の中にでも科学的な気づきを発見することができます。

 

では、いったい、どのような「科学の目」をもって落語をのぞいていくのか、早速、体験してみましょう。

 

それでは古いところで一席お付き合いを願います。

 

 

泥棒の話というのは映画やらアニメやらでもよう見ますが、これが落語となりますと、あんまり大泥棒というのは出てまいりません。石川五右衛門の弟子で、石川二右衛門半くらいがせいぜいでございます。

 

さて、わけの分からん手紙一本持ちまして、一人の男が、裏長屋、へとやってまいりますと、これは、空き巣狙いっちゅうやつで。

空巣:      すんまへん、ちょっともの尋んねまんねけどね、この辺に草井さんちゅうお家(うち)おまへんか? もし、尋んねてまんねんけど、草井平助ちゅうのんおまへんか? もし、お留守ですか……? お留守ですか? どなたも、おいでやおまへんか?
よしッ、今日はこのうちでしこたまいてこましたろ ……、何やこのうち。空家か? 空家っちゅうことないわなぁ、ちゃんと畳が敷ぃたぁんねや。奥にはお櫃(ひつ)も置いたある。誰ぞ住んでんねんやろうけど。こら、金目のもんは、あらへんがな。

 

この男、さぁ、何にもなかったら早よ帰ったらえぇのに、この盗人も意地になりまして、いつまでもウロウロ・ウロウロしとりますと、やもめ暮らしが風呂から帰ってきよった。

今さら表へ飛び出すわけにもいきません。仕方がない、奥の押入れの薄暗いとこで小そぉなっとります。

何にも知らんやもめ……、

 

:うわぁ~気持ちよかったなぁ、チョイチョイ風呂ちゅな行かないかん……、あれ? おかしぃなぁ? 出しなちょっと細めに開けといたのに、ピシッと閉まったぁんなぁおい。誰ぞ来よったんかいな……?
わ、わ、わぁ~ッ。畳の上えらい泥足や。ど、泥棒や、泥棒や。まあ、うちぃ入っても、何にも盗るもんあれへんねや。
そや、こないだから家主が「家賃持って来い、家賃持って来い」うるさいねや。これ幸い、えぇ口実や……。
わ~ッ! えらいこっちゃ、えらいこっちゃ、泥棒や、泥棒や、泥棒や!

住人:なに、泥棒。そら長屋のみんなで捕まえなあかんで、どつきまわして懲らしめたらな。

 

 

家主:おい、大きな声出して、どないしたんや。長屋の連中が、どつくだなんだの、なんや物騒なこと言うとるがな。

男:あっ、家主っさんでっか、えらいこったんねん。泥棒が入りよったんで。

家主:なに、泥棒。そらいかんがな。で、何盗られてん?

男:いえ、 もぉ、屋財家財みな。

家主:届を出すのに、屋材家財というわけにはいかんでな。ほなまぁとりあえず、着るもんから聞いていこか。

男:あぁそれでしたらね、袷(あわせ)が一枚

家主:こらどんな縞や?粗ぁ~い縞か細かい縞か? ……、あぁそれやったら万筋ちゅうねん。着物の縞柄ぐらい覚えときや。で裏は?

男:布(きれ)になってまんねん

家主:当たり前や、合わしたぁるさかい袷っちゅうねん、そのキレの名前や

男:あぁキレの名前ねぇ、そぉそぉ昔うちのお婆んなんかがよぉ付けてましたわ「裏は強いほぉがえぇ」っちゅうて

家主:はぁはぁ、 そら花色木綿と違うかえ?

男:そぉそぉ、裏、花色木綿でんねん。

家主:次は?

男:あの、黒羽二重の羽織が 一枚

家主:へぇ~、えぇもん持ってたんやなぁ お前。「黒羽二重の羽織が一枚」こら、三つ紋か、五つ紋か?

男:紋はのうて、裏、花色木綿でんねん。

家主:お前なぁ、二重てな上等の生地の裏に、あんまり花色木綿てなもん付けんで。まあええ、次は?

男:蚊帳が一つ

家主:蚊帳は「ひと張り」とこぉ言ぅねん。

男:で、裏、 花色木綿で

家主:あのな、蚊帳てなもん夏吊んねんや、な、涼しぃよぉに。そんなことしたら暑いやろ?

男:もぉ、暑いの暑いの、あまりの暑さに蚊ぁも入って来まへんわ

家主:次は?

男:刀が一本

家主:何を?

男:へぇ、伝家の宝刀とまではいきまへんけど、先祖代々伝わる刀、押入れにしもとりました

家主:刀は「ひと振り」というんじゃ。で、それ銘はあったんか?

男:おまへん。で、裏、花色木綿でんねん

家主:そんなもん付いてたら切れへんやろ?

男:いえ違いまんねん、入れたぁった袋の裏でんねん

家主:それを先に言わないかん「袋の裏 が花色木綿」と……。

 

さぁ、口から出まかせ、好きなこと、勝手なことぬかしよった。隠れていた泥棒「何にも盗らんのに、よぉこれだけ嘘ぬかしやがんなぁ」ムカムカッときて、思わず自分の立場忘れて飛び出して来よった。

 

 

空巣:こら、このガキャ。おのれ最前から何ぬかしてんねん

男:い、痛いいたい、ちょっと、あんた何しなはんねん。

空巣:何もこれも糞もあるかい。袷に、羽二重に、蚊帳、挙句の果てに刀やと、お櫃に飯もないやないかい。

男:あんた、いったんどなたはん?

空巣:どなた? 聞ぃてビックリすなこら。おのれとこ入った盗人じゃ。こないなったら逃げも隠れもせんわい。どつきまわして、懲らしめる?やれるもんやたっら、やってみんかい?

男:いや、それは、あの。わしがいうたんやない。。。。

空巣:ここらの奴は、わしが出てくるまでは、えらそうに言うてたくせに。いざ、面と向こうたら具の根も出ん。ホンマにここの裏のやつは、弱いやつばっかりやなぁ。

男:あぁ、裏が弱かったら、花色木綿にしときなはれ。

 

一席お楽しみいただけましたでしょうか?

 


花色木綿の「花色」って何色?


落語に登場した「花色木綿」というのは、江戸時代によく使われた布地の名前です。

「木綿」は生地の種類で、コットン(綿花)から作られますが、今でもよく使われています。では「花色」とは何色でしょうか?

 

イベントの参加者からは「黄色」「ピンク色」という意見が出ましたが、実は「青色」です。

 

 

奈良時代以前は「はなだ色」、平安時代には「縹色(はなだいろ)」と呼ばれていました。

この「はなだ」はツユクサの雅名です。『万葉集』 では「鴨頭草(つきくさ)」と記されています。「縹色」は、このツユクサの青い汁で摺り染めをしていたことに由来します。

これが、江戸時代以降「花田色(はなだいろ)」と書かれるようになり、更に転訛して「花色(はないろ)」となりました。この時代には、ツユクサではなく黄蘗(きはだ)で下染めをし、その上に、藍染めをしたものが花色木綿となっていました。

 


藍染になった理由は?


ではここで問題です。なぜ、ツユクサから藍に変わったのでしょうか?

 

イベントの参加者から「ツユクサの色落ちだった気がします。」という声が!

 

そうなんです。

 

植物の主な色素は、緑系のクロロフィル類、黄色から赤にかけてのカロテノイド類という油溶性の色素と、水溶性のフラボノイド類に大きく分けられ、フラボノイド類は、黄色から白にかけてのフラボン類、紫、青、赤などのアントシアニン類の2つがあります。

 

 

ツユクサの青い色素は、このうちのフラボノイド類の色素で、6分子のアントシアニン、 6分子のフラボン、 2原子の金属イオンからなる「コンメリニン」です。

水溶性で、水で洗えば流れ落ちてしまう上に、酸化にも弱く、空気に触れると短時間で褐変します。その性質を利用して、京友禅や加賀友禅の下絵書きに用いられています。

 

一方、「藍染」は、藍(タデアイ)の色素を用いた染め物です。この色素は「インジゴ」と呼ばれています。世界各地に、藍(タデアイ)と同じく「インジゴ」を含む植物を用いた染め物があります。

 

 

藍植物の葉の中には、インジゴの前駆体であるインジカン(インドキシルのグルコースとの配糖体)という無色の物質が含まれており、葉が枯れたり細胞が破壊されたりすると、葉に含まれている酵素( β -グルコシダーゼ)の働きによって分解されてグルコースがはずれ、インドキシルが生成されます。

さらに、インドキシルは、空気酸化によって2分子が結合してインジゴになります。そして、インジゴは、極めて安定で、水にも溶けません。だから、洗濯してもなかなか色落ちしません。

 


どうすれば、染料になるか?


ただ、それでは、絵の具(顔料)としては使えても、布を染める染料としては使えません。では、「藍染」はどうやって染めているのでしょう?

ヒントは酸化。中学校の理科でも出てきたと思いますが、そこでは対になる反応がありましたよね。

 

そう、酸化して溶けなくなったのなら、還元してやればいいのです。

 

 

今は薬品で還元していますが、昔は蓼藍の葉を発酵させ、木灰とでんぷんを加えた水の中で発酵させて、還元していました。

これはでんぷんが発酵して分解したグルコースの作用で還元しているのですが、グルコースはアルカリ性の環境でないと還元性が弱いので、木灰でアルカリ性にしているのです。

醗酵しているので、この液体はものすごい「におい」がしたようです。

 

このようにして生じたロイコインジコは白っぽい水溶性の色素です。

これを布にしみこませた後、空気に触れされると、酸化してインジコになり、定着します。

この方法なら、乾燥した葉を用いることもできます。

 


洗えば洗うほど色が鮮やかになる?


天然の藍(タデアイ)を使った染め物は、昔は「洗えば洗うほど色が鮮やかになる」と言われました。その理由は何だと思いますか?

 

合成インジゴは100%インジゴだけですが、本藍だと赤色色素などの不純物が含まれています。

インジゴは、ほとんど色落ちしないので、洗うと不純物だけが洗い流され、インジゴだけが残ります。そのため、洗えば洗うほど、青っぽくなっていくのです。

 


藍でピンクに染める方法とは?


青色である「藍染」ですが、アルカリ剤と還元剤を使う前に、あることをすると、紫からピンクに染めることができます。その方法とは何でしょうか?

 

答えは、「葉を冷凍する」です。

 

冷凍すると、インジゴの異性体で赤色色素のインジルビンの生成量をあげることができます。そのため、インジゴの青色とインジルビンの赤色が混ざって紫色になるわけです。

 

 

いかがでしたでしょうか。

 

落語の「花色木綿」から、語源の歴史やその時代の文化、また、色の定着・変色といった化学と、幅広く考えを深めていくことができましたよね。

このように、ふとした疑問や謎を、【科学の目=科学的思考と知識】で紐解いていく、探究をしていくと、新たな発見や知見と出会うことができます。

みなさんも、身近なところで疑問に思ったことを【科学の目】で、是非、探究してみてください。

 

 

謎解きサイエンス

第1・3火曜日 18:00~19:00 開催中

 

【参考文献】
・古橋昭子,山崎昶(1997)『化学屋さんが落語を聞けば』 裳華房

・野中繁(2019)「植物色素の研究」武蔵野教育學論集6,p81-90

・吉田久美(2023)「フラボノイド系植物色素の化学・生物学および応用研究」日本農芸化学学会賞受賞者講演要旨

・牛田智(2016)「藍染めを化学の視点から」化学と教育64(8),p406-407

・村田博司、向吉郁朗、古川郁子、神野好孝(2003)「藍の葉による染色法の研究」鹿児島県工業技術センター研究報告17,p9-16

藍の生葉染めによる紫染め

 

2023/09/25教養・リベラルアーツイベント